新しい結晶法と具体的テーマ

外部電場印加によるタンパク質核形成速度の操作

  1. タンパク質研究のボトルネックは?
      生命科学および医学の観点から、生体機構に重要な役割を果たしているタンパク質分子の三次元構造の決定の重要性が増し、 良質なタンパク質結晶の需要が高まっている。しかしながら、現在、ほとんどのタンパクにおいて結晶を育成することができておらず、 この結晶の育成段階がタンパク質分子の構造決定のボトルネックとなっている。これは、育成の初期段階の核形成の難しさに起因している。

  2. 外場を利用した核形成
      結晶育成時に電場、磁場、応力場といった "外場" を印加することにより、結晶の核形成速度を制御できることが知られている。 このような操作では、固相および液相の化学ポテンシャルに、外場の項が付加されることを利用しており、それぞれ、 "誘電率" 、 "透磁率" および "弾性率" がキーファクターとなる。一般に誘電率が固液間で有意な差を持つことを考えると、結晶育成中に外場として電場を用いることは、 核形成速度の制御に大きな効果があるものと期待されている。外部電場によって修飾された固相および液相の化学ポテンシャルは以下のとおりである。
    液相の化学ポテンシャル :
    固相の化学ポテンシャル :

     右辺の第4項は、外部電場印加により付加された項である。このため、電場が核形成に与える影響は次の通りである。
    1. 電場の効果は、固相と液相のそれぞれの化学ポテンシャルに付加されている静電エネルギーの 大きさによって決められており、その差が核形成の駆動力に寄与してくる。
    2. 固液界面での電束密度は一定 (εSES = εLEL) という関係から、ある電場のもとで静電エネルギーの大きさ(絶対値)は、誘電率の大きさで決定され、固相と液相の誘電率の大小関係が 重要となってくる。
    3. 固相と液相の化学ポテンシャルの増減は、誘電率の組成依存性の符号によって決定される。


    図1 固相および液相における化学ポテンシャルの電場印加による変化

      図1 に外部電場印加による固相と液相の化学ポテンシャルの変化についての概念図を示す。 固相と液相の誘電率の組成依存性が両方とも正であるとすると、液相の誘電率が大きい場合 (εSES << εLEL) 、電場を印加すると固相の化学ポテンシャルが 相対的に上昇する。その結果、結晶化の駆動力が小さくなる。これに対し、固相の誘電率が大きい場合は、液相の化学ポテンシャルが上昇するので、 結晶化の駆動力が大きくなる。このことは、固相および液相の誘電率の大小関係を逆転させれば、核形成速度の促進・抑制を自在に制御できる可能性を示唆している。

    図2 タンパク質結晶と溶液の誘電率の周波数依存性の予想図

      一般に、固相と液相の誘電率は印加する周波数によって誘電率の値が変化する誘電特性が存在することが 知られている。タンパク質溶液の誘電率は、水と同様な誘電特性を示すため、1 MHz以下の低い周波数帯において誘電率は80とほぼ一定である。これに対し、 タンパク質結晶の誘電率は、図2に示すように、非常に低い周波数帯において大きな誘電分散がある。特に、周波数が0付近においては、溶液の誘電率よりも 高い値を示すことも示唆されている。このため、1 MHz以下の低い周波数において結晶と溶液の誘電率の大小関係の逆転が期待できる。

    図3 実験方法の模式図

      図3 に外部電場の印加方法の模式図を示す。タンパク質溶液は高密度および低密度オイルにより挟み込むことによって保持されている。図4 に (a) 500 kHz印加、(b) 印加なし、(c) 1 MHzの電場印加において核形成した正方晶リゾチーム結晶の光学顕微鏡写真を示す。図4 (b) と (c) を比較すると、1 MHzにおいて外部電場を印加したとき、核形成速度が顕著に増加し、一方、図4 (a) と (b) を比較すると、500 kHzを印加した場合、核形成速度の減少が観察される。このように、固相と液相の誘電率の大小関係を印加周波数により制御することにより、正方晶リゾチーム結晶の核形成速度が操作できることがわかる。

    図4 (a) 500 kHz、(b) 印加なし、(c) 1 MHz印加において核形成した正方晶リゾチーム結晶の光学顕微鏡写真

    図5 G-Xダイアグラム

      この現象を熱力学的に解釈する。タンパク質溶液および結晶の誘電率の組成依存性の符号は、負であることがわかっている。このため、高周波数帯 (1 MHz以上) においては、液相の誘電率が固相の誘電率よりも大きいので、固相に印加される電場の効果が大きくなる。したがって、各々の相の誘電率の組成依存性の符号が負であるため、図5 (c) に示すように、固相の化学ポテンシャルが相対的に大きく減少するため、核形成の駆動力が大きくなったのである。これに対し、低周波数帯 (500 kHz以下) では、液相に印加される電場の効果が大きくなり、結晶化の駆動力が小さくなったのである。このように、適切な周波数において外部電場を印加すれば、核形成速度の増減を自在に制御できる。