新しい結晶法と具体的テーマ

理想的な構造と組成均一性を持つ究極のニオブ酸リチウム単結晶の開発

 良い結晶とは、作り易く、また、優れた特性を示すものを言います。しかし、この二つの性質を同時に併せ持つ結晶はそうはないのです。 組成の観点から見ると、作り易い結晶の組成(調和融解組成という)と特性に優れた結晶の組成(化学量論組成という)が異なるということになります。 例えば、ここに登場するニオブ酸リチウム(LiNbO3)は、波長変換素子などの光学用途にも用いられる圧電体結晶ですが、 この2つの組成が一致しない代表例です。ニオブ酸リチウムがベル研究所で発明されてから半世紀が経ちますが、 その間、調和融解組成と化学量論組成は一致しないものと考えられてきました。もし、これらの組成が一致すれば、育成しやすく、さらに、特性の良い結晶が実現できるわけです。 そこで、我々は、あえて不純物の Mg や空格子(vacancy)という欠陥を結晶に導入し、調和融解組成と化学量論組成が一致するニオブ酸リチウム、cs-MgO:LN)の作製に成功しました。

図1 s-LN、c−LN、及び、育成した cs-MgO:LN 結晶とその元素サイト構造。
図2 cs-MgO:LN と従来開発のニオブ酸リチウム結晶の組成。
cs-MgO:LN 近傍の融点分布も示した。
図3 変換される波長分布による各結晶の均質性。
色の分布が一様である結晶ほど均質性が高い。
(a) cs-MgO:LN, (b) c-LN, (c) 5MgO:LN, (d) s-LN
 図1s-LN は、Li2O と Nb2O5 の成分が厳密に1 : 1の量比を持ち、 結晶内では Li, Nb, O がそれぞれ規定の位置(サイト)を過不足なく占有し、完全な構造を持つ結晶(定比化合物)です。 この結晶は、優れた光学特性を示すことが知られています。しかし、結晶育成中に組成ずれが起こり易く、結晶育成が困難であるという問題点があります。 一方、図1の c-LN は、育成が容易で均質な組成を持ちますが、Li2O と Nb2O5 の成分比は、 1 : 1からずれているため定比化合物でないため光学特性は良くありません。我々の開発した cs-MgO:LN は、これらの問題を解決しました。 この結晶は、MgO を不純物として添加し、また、空格子という欠陥をあえて結晶に導入することにより、s-LN と c-LN のそれぞれの良い特性を兼ね備えた結晶 (育成が容易で組成ずれの起きない定比化合物)となっています。その結果、半世紀にもわたり研究されてきたニオブ酸リチウムに対し、 育成の容易性、均質性、優れた光学特性を有する究極の結晶の作製が実現できました。

 この結晶の開発には2つの学術的ポイントがあります。化学量論の概念の一新と、融液イオン種の存在により発生する界面電位からイオン種の activity を論じたことです。 化学量論は、イギリスの化学者ダルトンが著書「化学の新体系、1808」で提唱したように、化合物の構成元素の比は簡単な整数比となるという定比組成の概念で扱われてきました。 我々はこの概念の本質として、結晶を構成する元素の activity が1となり得る(なるではない)時、この組成を化学量論組成と定義しました。結晶には、元素が入る場所(サイト)があります。 この時、元素が他に迷惑をかけるでもなく、譲られるでもなくスムースに自分の席につける状態が activity = 1 です。図2の line A 上に結晶がある時、 各元素(Li, Nb, O, Mg, vacancy)の Li サイトにおけるエネルギー状態(化学ポテンシャルという)は、line 上の組成に応じて変化しますが、これらの activity はその値を1に保つことができるのです。 すなわち、この線上にある結晶は化学量論組成を持ちます。

 一方、調和融解組成は、最も高い融点を示します。実は、Mg を入れたこの系では、最高融点組成が line A 上に存在することが熱力学的解析によりわかりました。 また、実験でも、界面ポテンシャルはゼロを示し、界面融液においてイオン種の偏析(たまり)が完全に無くなることを示しました。このことは、結晶だけでなく、 融液の各元素の activity も1であることを示し、cs-MgO:LN の組成が、調和融解組成であり同時に化学量論組成でもあることが導かれました。 このようにして開発された cs-MgO:LN は、図3に示すように、変換される波長分布にムラが無く、従来にない均質性と、優れた波長変換効率を示します。

関連発表論文
1) H. Kimura, T. Taniuchi, S. Iida and S. Uda, J. Cryst. Growth, 312 (2010) 3425.
2) H. Kimura and S. Uda, J. Cryst. Growth, 311 (2009) 4094.